おでん一年生

グツグツいっちゃいましょう

映画『めがね』の“見えない人にだけ見えるもの”

 こちら、映画『めがね』のレビューです。シン・ゴジラ祭からの市川実日子さんが見たい!という、純粋な動機でDVDを借りてきました。満足です。はい。

 今回の感想は

「この映画で作者が描いたものとは何か」

 に絞って書きます。

 『めがね』は観てると温泉に入っているような心地になれる映画なので、この感想が、入浴前の軽いジョギングか、風呂上がりのアイスか、それくらいになったらいいなと思います。

 では、どうぞ。

 

皮肉的に描かれた、お手本

 主人公が訪れる、とある島の民宿『マリンパレス』。その女将さんが言うこんな感じのセリフがある。

「ここではみんなで協力しあって、土に触れて、できた野菜をみんなで味わうんです。これほど、美味しいものはない。分かるでしょう?」

 フレーズだけ切り取ると、すんなり共感できるものだ。自ら手がけた野菜は、本当にうまい。

 しかし、主人公はそれを聞き、うんざりとした顔で、立ちどころにその場を離れてしまう。そして、フレーズのみならず映像で見ている観客にも、こんなところ嫌だな、と思えるようになっている。

 ここは、この映画で、唯一皮肉として描かれているシーンなのだ。

 女将さんを演じる薬師丸ひろ子さんは、ハイトーンでいかにも薄っぺらく聞こえる言い方をするし、その畑で働くものは顔さえ映されずのっぺらぼうで、まるでロボット。それらの構図だけで、観客も場に辟易してしまう。

 でも、なぜ一見、美徳のお手本のようなこの台詞は、皮肉的に描かれたのか。

 それは、マリンパレスが、この映画自体のスタンスと最も反するものだったからだ。

 

スタンス真逆の「○○って最高!」

 この映画は、「これこそ最高だよね」「これこそが大事だよね」というメッセージを極力避けている。

 島の住人の習慣を、いぶかしげに見ていた主人公が度々尋ねる「○○は、しなくてはいけないんですか?」に対して、周りの者はみな「別にしなくてもいいですけど」と、一切の強制をしない。あっても「これが、うまいんですよ」「どうぞ、入りませんか?」くらいの、いつだって一線引いたお誘いだ。

 この映画のスタンス、それは徹底して、他人に対しては“どっちでもいいんですよ”、だけど“ここで飲むビールは最高ですね!”である。

 一方、マリンパレスの女将さんは、絶対的な価値観があるように他人に話す。なんとも巷のオーガニック信者だとか、ああいう人たちを思い浮かばせる。

(ここからはあくまでぼくの自然観かもしれないが)信仰と自然は真逆のものだ。自然は物理上、なしえるあらゆる選択をしてきたものであって、方向性これ一本だという信仰とは異なる。人工物を拒否した自然信仰は、自然を拒否するのと変わらない、という可笑しさがある。

 開放を求めるようで窮屈へ向かう、バカバカしいようだけど、余裕のないときこそ陥りやすい。

 

 この『めがね』の監督は荻上直子さんで、かの有名な『かもめ食堂』とほぼ同じキャストで撮られている。どちらも“のんびり”と“暖かい”雰囲気でウケている映画と、作りも似ている。なのに『かもめ食堂』を観て絶賛していた人たちの多くにとっては、『めがね』は物足りなく感じるらしい。

 しかし、上までのことを考えてみると、当然の成り行きだろう。

『かもめの食堂』を見て、その伸びやかできれいな生活を「やっぱり丁寧な暮らしって大事だよね!!!」と素直に憧れた人たちにとって、『めがね』で「いや、丁寧じゃなくても良いんだけどね」と言われるのは、少し冷めることだ。

 しかし、そう冷めるように作られている。前作のヒットをなぞるのではなく、その感じ取られ方に、ちゃちゃ入れるように作られているのだ。

 

見えない人にだけ見えるもの

 映画のタイトルにもなっている“めがね”。主要登場人物が揃って、おしゃれ”めがね”さんなのには、どんな意味があるのだろうか。

 めがねとは、見えない人にだけ見えるものでもある。裸眼で見えている人が見えていなく、住人たちをはじめとした見えていないめがね勢だからこそ見えている。

 裸眼の人の、その見えていると思っていたものが、たとえば美徳だとすると…。(ややこしい?)

 

 映画も終盤、島を出ることを決意した主人公は、車で港まで送ってもらう際に、窓からめがねを落とす。しまった!と思うものの彼女はしかし、まあ、いいやと開き直る。

 もたいまさこさんの

「大事なことは、焦らないこと」が蘇る。

 ときに、大事に思っていたものを、手放してみること。ぼくらはそのときようやく、じぶんにとって大事なものを見つめる“めがね”を手に取るのかもしれない。

 のんびりってしちゃうけど、まあ、ね、とまるで晴れた空に向かって言うように、主人公たちは結末へと向かう。

 

海老とビールと、かき氷。

 ぼくのいちばんお気に入りのシーンは、伊勢海老をみんなで一匹丸ごとづつ、もしゃもしゃとかぶりつくシーンだ。

 見ていて、不思議と心地よかった。

 そのエビは、近所から分けてもらったのにしばらく忘れられていたり、茹で上げたものを他に特に合わせるものなく食べていくという、見方次第ではぞんざいな扱いをされていた。

 「うわあ、そんな贅沢なあ…!」「なんで忘れるよエビを!」と貧乏面かまして、羨ましく見ていたぼくだけど、もりもり殻を破っていくのがしばらく続くと、だんだんバカバカしくなってきた。

 贅沢が良いとか、シンプルが良いとか、丁寧が良いとかそういうものではなく、美味しく食べられればそれでいい。

 海老でも、ビールでも、かき氷でも。たそがれる、その時間に寄り添うものを。

 

 凝った心が、気持ちよくほぐれていく映画でした。

 まこと結構な、お湯加減で。

 

 

 

めがね(3枚組) [DVD]

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